ウドの大木

仕事場に行く間でのバスで、季節の草花を目にします。いまはアジサイ。それに山百合も咲きはじめました。緑がまだ深くなくて新鮮で、いい感じ。真夏になると、緑が濃くなりすぎて、山が重くなるのです。
そんななかで、一本の木が。幹もそう太くなく、枝を広げていますが、なんだか中途半端。花が枯れてそのまま枝先にぶら下がっています。なに、これ?ああ、ウドだ、−。気づいてビックリです。
春先、真白い綺麗な花がさいている木があって、ウドだ、と分かりました。で、この場所を覚えといて、春いちばんに採りにこよう、と思っていたのです。でもウドをそれほど食べた記憶がないので、意識から消えてました。
そして、久しぶりに気がつけば、なんとまあ、こんなに大きくなちゃって。で「ウドの大木」なのですね。こんなに大きくなっては、とても食べられない。かといって木材にもほど遠い。全く、ということでしょうか。
でも、たぶんここに、また来年、ウドの若芽がでるでしょう。それは、大木が花を咲かせてくれたおかげですよね。盛りを過ぎた物が役に立たないように見えて、じつは必要なものだ、ということではないですか。
自分のその時の損得勘定だけで判断したら、損する事になるのかもしれない。昔、やたら大きくて「ウドの大木」と言われた私は、そこで溜飲を下げるのですよ。cm-caching.com